バッハ無伴奏補完委員会
 

バッハのシャコンヌへの道


レイトスターターの素人ながら、バッハのシャコンヌを演奏・録音してみたわけだが、ここでは、そこへ至るまでの道のりについて述べたい。
これからシャコンヌを弾こうとしている方、特に大人になってからヴァイオリンを始めた方がシャコンヌを演奏する上での参考となれば、幸いである。


目次
まずは、ある程度うまくなる
ボーイングの練習
正しい音程のために
無伴奏にチャレンジ!
一日に何時間練習すればよいか
その他補足



【まずは、ある程度うまくなる】
とりあえず、ヴァイオリンを習い初めて間もない頃では、とうていシャコンヌを譜読みすることすら不可能であるから、ある程度の腕前になることが必要である。
具体的にどの程度まで進めばよいのだろうか。


自分の場合、『新しいヴァイオリン教本』は4巻までしかやっていない。しかも、全ての曲を極めたわけでもなんでもなく、飛ばしてやっていない曲もある。
カイザー練習曲については、1巻はちゃんとやった記憶があるが、2巻は最初の数曲をやっただけで、途中で放棄である。3巻など、結局ひとつも手をつけなかった。


教本以外の、単品で弾く曲についてはどうだろう。
バッハの『二つのヴァイオリンのための協奏曲』(通称“ドッペル”)は第1楽章の第2ヴァイオリンのみやった。
バッハのヴァイオリン協奏曲第1番は、第1楽章から第3楽章まで全楽章をやった。
バッハのヴァイオリン協奏曲第2番は、第1楽章のみ、やった。
その他、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲、ベートーヴェンのロマンスといった曲も弾いたが、とりあえず目的がバッハ無伴奏であれば、特に必要ないだろうと思う。
このくらいまで進めば、がんばればパルティータ第3番のガヴォット・アン・ロンドーくらいはどうにか弾けると思われる。
しかし、シャコンヌに挑むには、まだまだ高い壁が立ちふさがっている。
ここから、どうするか?



【ボーイングの練習】
ヴァイオリンの日課のなかで、「ボーイング」は欠かせないもののひとつだろう。
このボーイングで、ちょっと先生は教えてくれないであろう、独自の練習法がある。


そんなもったいぶるほどすごい練習法でもないのだが、その方法とは次のようなものである。


普通、ボーイングの練習は、一弦ずつ音を出していくのが大原則である。
ところが私の場合、2弦ずつ音を出して、ボーイングしてしまうのである。
つまり、1番線と2番線に同時に弓をあてて、2弦の2重音でボーイングするのである。
こうすると、ちょっとでも弓が曲がると音が2重でなくなってしまったり、ヘンな具合に音が歪んだりするので、弓の曲がっていることがすぐに自分で自覚でき、非常に有効である。
言うまでもないことだが、1番線と2番線の次には、2番線と3番線でも同様にボーイングし、さらに3番線と4番線でも、同じようにする。


バッハの無伴奏はとにかく重音が多くて、2弦同時に音を出すことが容易に出来なければとうてい弾きこなせないから、このボーイングを毎日やることは、とても重要だ。しかも、こんな方法はおそらくヴァイオリンの練習法としては邪道だろうから、先生は教えてくれない。家でこっそり、やろう。



【正しい音程のために】
バッハの無伴奏でなくても、ヴァイオリンで正確な音程で弾くことは、けっこう難しい。どうすれば、正しい音程で弾けるのだろうか?


ある程度、弾きこなせるようになってから、というのが前提なのだが、次のような練習法をとる必要がある。


例を挙げると、例えば、2番線で1の指(人差し指)を押さえて「シ」の音を出してから、次に1番線で2の指(中指)を押さえて「ソ」の音を出す、という場合を考える。
この、「シ→ソ」と音が移動すときに、なんとなく「ソ」に移るのではなくて、まず、練習の段階で「シ」と「ソ」を同時に鳴らしてみて、和音となるかどうか、よく聞き耳をたててみよう。
キレイに和音になればよし、ならなければ、音程が狂っている、ということになる。


そして、実際に曲として弾くときは、和音ではなくて別々に弾くわけだけども、たとえ別々に弾くときであっても、その2音が実は同時に弾いた場合には和音として響きあうのだ、ということを体で感じながら、「シ」から「ソ」へと移るのである。「シ」の余韻を感じつつ、それと和声的に響きあうような「ソ」を出すのである。


このように、和音の響きを感じ取る感覚を「和声感」と呼ぶ。


曲を練習するときは、全ての音符について、必ずこの「和声感」を感じつつ、音をとるようにする。
ある音から、次の音へ移るとき、必ず前の音と次の音とが、和音としてキレイに響きあうように、その和音の響きを体で感じ取りながら、音を移るようにする。
たとえ不協和音であっても、和音の一種には違いない。その不協和な和音の響きを、感じ取るようにする。


一番簡単なのは、第1ポジションで3の指(薬指)を押さえたときである。これは、すぐ隣の解放弦とちょうど1オクターブ違いなので、例えば2番線で3の指を押さえると「レ」であるが、これはすぐ隣の3番線の解放弦の「レ」より1オクターブ上の音である。だから、隣の3番線と同時に音を鳴らしてみれば、音程が合っているか狂っているか、すぐに分かる。


他の指でも、オクターブではないにせよ、隣の開放弦と同時に鳴らしてみて、和音としてキレイに響くかどうか、を確かめると、音程が合っているのか狂っているのか、すぐに自分で確かめられる。
曲の中に出てくる、全ての音について、解放弦と同時に鳴らしたり、前の音とちゃんと響き合うかどうか、よく吟味したりして、丁寧にさらっていくと、驚くほど正しい音程で弾けるようになってくる。
また、こうした練習をたくさん積み重ねていくと、いちいち隣の弦を鳴らしたりしなくても、一発で正しい音程が取れるようになってくる。和声的に響きあう音が、分かってくるのである。


そうなってくれば、ポジション移動もしやすくなるのだ。


この練習法は、一見すると非常に面倒くさく、時間が掛かってしょうがないように思えて、とくに初心者の方は敬遠しがちかもしれないが、もっとも確実に正確な音程で弾けるようになるための、最善にして最高の近道であることは、間違いない。
こういう、面倒くさくて細かい手間のかかる練習を地道にこなせる人だけが、上達できるのである。簡単に楽にうまくなる道は、どこにも存在しない。


ただし、正確な音程が分かるようになっても、指が固くて言うことをきかず、音程が狂ってしまうことがある。この辺は致し方ないところなので、妥協すべきだと思う。



【無伴奏にチャレンジ!】
さて、前項の練習を十分に積み、正しい音程で弾けるようになってきたら、いよいよ無伴奏にチャレンジするときである。
いきなりシャコンヌに挑むのも良いが、まず間違いなくその圧倒的な難しさの前に大撃沈するであろう。


まずは、無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番の、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグの4曲にチャレンジしてみよう。これらは、シャコンヌに比べればかなり易しいが、それでもけっこう難しく、弾きにくい曲である。これらがきちんと弾けていなくては、とてもシャコンヌなど弾けるはずもない。だが、頑張ればどうにか、4曲とも弾けるようになるだろう。
しかし、この4曲が弾けても、シャコンヌとの間にはまだまだ天と地ほどの落差がある。次はどうするか。


私としては、次に無伴奏ヴァイオリンパルティータ第3番ホ長調へ行くことを強く、強くお勧めする。とくに、パルティータ3番のブーレ、ジーグの2曲。この2つは、練習曲としてたいへんに優れている。なにがどう優れているのかというと、シャコンヌを弾く上でもっともネックとなる、小指(4の指)を鍛えるのに、非常に有効だということだ。
とにかく、このパルティータ3番のブーレ、ジーグを、毎日必ず一回は弾く。これを、自分の場合は半年くらいは継続した。時間や体力がないときでも、この2曲だけは欠かさず弾いた。せいぜい、5分か10分程度の練習である。これだけでも、訓練としては十分なのだ。1日のうちに、何時間もやる必要はなくて、とにかく少しずつでも毎日続けることが重要。


そして、ブーレ、ジーグが十分に指に馴染んできた、と感じたら、プレリューディオ(プレリュード)とルールに挑戦してみよう。
プレリューディオは、ハーフポジションがかなりキツい。
ルールは、重音がけっこう難しい。が、どちらもシャコンヌのためには欠かせない訓練となる。なんといっても、あの長いシャコンヌを最後まで弾ききるための、「指の体力」とでも言うべきものが、かなりこの2曲で鍛えられるのである。


また、メヌエットもシャコンヌに必要なテクニックが出てくるので、一通り練習しておくべき。


こうして、パルティータ第3番の曲を全て網羅したら、いよいよシャコンヌに挑戦である。
パルティータ3番をしっかり練習していれば、もうシャコンヌに挑む資格は十分にある。頑張れば、もう栄冠(?)はすぐそこに。シャコンヌの壮大な世界に、酔いしれよう。…でも、やっぱり難しい。



【一日何時間練習すればよいか】
一日にどれくら練習すればいいのだろうか。私もまだ20代のころなどは、何時間も練習したものだったが、ここ1年~2年の間は、せいぜい1日30分程度である。ひどいときなど、一日に5分か10分程度しかしていないときもあった。これはパルティータ3番のブーレとジーグしか練習しなかったときだ。この2曲は非常に短いのだが、指の訓練としては十分な内容を含んでいて、これだけで必要な練習ができてしまう、という優れもの。時間がないときは、この2曲だけでOK.。


録音のシャコンヌにしても、1日に一回通すだけで、これだけで30分くらいは軽く過ぎてしまう。なので、1日の練習はそれでおしまいである。1日のうちに、何度もなんども繰り返し同じ曲をさらう、ということはしていない。基本的に、1日一回、通す。これを、毎日欠かさずやるだけである。
たまには、楽器にさわらず、休む日も必要だろう。
とにかく、無理しないこと。だいたい、1日に4時間とか練習してしまうと、疲労して次の日は全く練習できなくなってしまう。これはいけない。少しずつでいいから、毎日やることが大事である。
そして、短期間で弾けるようになろう、とか焦らないこと。難しい曲は、3ヶ月とか、半年、1年と長い期間をかけてじっくりゆっくり取り組むことが、結局は一番の近道なのだ。急がばまわれ、とはよく言ったものである。



【その他補足】
○ヴァイオリンを始めてからどれくらいの期間が必要か?
…自分の場合は20年以上の歳月が掛かっていますが、これはヴィオラしかやらない期間があったり、楽器に触れないブランク期間があったりでトータル20年なので、寄道しなければもっと短い期間で弾ける可能性があります。

○ポジション移動
…シャコンヌでは、最高第7ポジションまで使うので、ハイポジションの訓練は欠かせない。特に、第5、第6ポジションはみっちりやらないと、アルペジオに入る前のパッセージがかなりキツい。『新しいヴァイオリン教本4』のハイポジションの練習をしっかりやっておく必要がある。
また、第2ポジションも楽に弾けないと、かなり厳しい。自分の場合は、ヴィオラで無伴奏チェロ組曲を全曲弾いてみたので、これで第2ポジションがかなり身に付いた。無伴奏チェロ組曲はヴァイオリン版も出ているらしいが、これもやる必要があるかどうかは、ちょっと不明…他に、第2ポジションを鍛えることができる曲があればいいのだが。

○基本は先生に習う
…楽器の構え方、手の形、弓の持ち方といった基本的なことは、自己流で身につけるのはほぼ不可能。基礎はしっかり先生に習う必要がある。
ある程度の基本が身に付くまでは、何時間も練習する必要があるかもしれない。しかし、基本が身に付いて弾き方が安定してきたら、毎日何時間も練習する必要はないと思う。1日30分でも十分である。

○暗譜について
…暗譜は、していません。シャコンヌは長くて、どうしても譜めくりが必要となりますが、自分の場合は、ネットでダウンロードできるフリーの楽譜作成ソフトを使って、楽譜を全部打ち込みました。その結果、6ページに収めることができ、今度はそれを大きなダンボール紙に貼付け、一枚の巨大な楽譜を作成し、それを見ながら弾きました。なので、暗譜はしていません。音符が小さくて見づらいのですが、慣れれば問題なく弾けます。

○指使い、ボーイング
…楽譜に指示されている指使い、ボーイングがありますが、必ずしも全て守る必要はないでしょう。自分が使っている楽譜はカール・フレッシュ版ですが、イヴリー・ギトリスの演奏を見ると全然指使いが違っています。ボーイングもかなり違っていて、演奏者によってどちらもかなり異なっていることが分かります。イヴリー・ギトリスを見ると、けっこう第1ポジションでもOKなところは第1ポジションで弾いてしまっているため、我々も楽譜の指示を無視して第1ポジションでも大丈夫そうなところは第1ポジションで弾いたり、また自分の技量に合わせて第3ポジションやその他の自分が弾きやすいポジションや指使い、さらにはボーイングを取り入れても良いものと思われます。


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